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「港湾の地盤改良」
―その原理と可能性―
奥村樹郎

奥村樹郎(おくむら・たつろう)
(株)ドラムエンジニアリング顧問。工学博士。技術士(建設部門)。1934年生まれ。59年京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。65年運輸省第五港湾建設局設計室長。78年同省港湾技術研究所土質部長。85年(財)沿岸開発技術研究センター常務理事。95年岡山大学環境理工学部教授。2000年4月より現職。2001年(財)国際臨海開発研究センター調査役、国際航路協会日本部会事務局長兼務。

はじめに
 軟弱な地盤を固くして構造物を安全に建設できるようにすることを地盤改良といいますが、わが国は世界でもっとも地盤改良工事の多い国です。それは、軟弱な地盤が多いばかりでなく、狭い国土に人口が密集し、しかも産業と文化が発展しているからです。つまり、各種のインフラストラクチャーや住宅、工場などの建設需要は多いのですが、用地が狭いために選択の余地があまりなく、軟弱な地盤でも改良して使わざるを得ないのです。
 殊に港湾は大河川の河口に位置することが多く、軟弱地盤に遭遇する機会が多いのです。空港も同様で、関西国際空港(以下、関空)や羽田空港は典型的な軟弱地盤地帯に建設されています。

地盤改良のいろいろ
 地盤改良工法は細かく分ければ三十種類以上あります。代表的なものだけでも表に示すように選択に迷うほどの種類があり、それぞれの特徴をつかんで選ぶ必要があります。港湾で使われる主な工法のいくつかを簡単に説明しましょう。

関空のサンドドレーン
サンドドレーン工法
 軟弱な粘土地盤の中に砂の柱を一定の間隔で造成し、この上に土砂を盛り上げます。沢庵漬けで重石を乗せたときのように粘土地盤から水分が搾り出され、砂の柱を通って外に逃げます。こうして粘土は固くなり、沈下もしないようになります。一九五〇年代にアメリカから導入された頃は数百から数千本の規模でしたが、関空では一期、二期ともそれぞれ約百万本が打設されています。これほど大規模な地盤改良工事は世界でも例がありません。
関空のサンドコンパクションパイル

サンドコンパクションパイル工法
 サンドドレーンの砂の柱は緩い状態で水を通しやすいように造成しますが、サンドコンパクションパイルでは粘土地盤に締まった砂柱を打設します。軟弱な粘土を砂の柱で補強するのです。土砂の盛り立ては必ずしも必要ではありません。関空でもフェリー埠頭など重要な護岸部分にこれが使われています。この工法はまた、緩い砂地盤を締め固めて地震時の液状化を防止するのにも使われます。関空でも滑走路の下の埋め立て土などはこれで改良しています。
 わが国で現在最も多く使われている地盤改良工法はサンドコンパクションパイルです。この工法はわが国で開発されたものですが、現在では東南アジアをはじめ各国で使われています。

関空の深層混合処理
深層混合処理工法
 粘土地盤にセメントを注入し、攪拌混合して放置します。コンクリートと同じような化学反応が起こり、コンクリートほどではありませんが強固な地盤に変わります。関空でもサンドコンパクションパイルよりさらに強固な改良が必要な空港島の四隅に深層混合処理工法が使われています。
 この工法もわが国で開発されたものですが、現在、ISOを目指した基準化が進んでいます。
重錘落下締固め工法
 大きな錘を高い所から落とす作業を繰り返すと、緩い地盤は締まって強固になります。地震が来ても液状化しません。関空では誘導路の下などに 重錘落下締固め工法が使われました。

関空の地盤改良工事
その他の工法
 関空で使われた地盤改良工法は前記四つが主なものですが、羽田空港の沖合展開では地盤改良のオンパレードといえるほど多くの工法が使われています。サンドドレーンと同じ原理で材料が異なるプラスチックドレーン、サンドドレーンの確実性を増したファブリパックドレーン、化学反応を利用した生石灰杭工法、浅層混合処理工法、薬液注入工法、人工材料で補強するシート・ネット工法、軽量混合処理土工法などなど枚挙にいとまがありません。
 羽田空港は水深も軟弱地盤層の厚さも関空より小さいのですが、埋め立て土が航路の浚渫泥土という悪条件なのです。また、地盤の成層状態が複雑で構造物の種類も多く、適材適所で工法を選ぶとオンパレードとなるのです。ただし、羽田空港の地盤改良は主に陸上工事でした。

港湾の地盤改良の特徴
 港湾地域は軟弱な地盤が多いうえに構造物の重量が大きいという特徴があります。水の下に隠れて目には見えないのですが、高さ数十メートルの防波堤や二十メートル近い岸壁は珍しくありません。また、軟弱層の厚さが山手にくらべて大きいこともその特徴といえます。このため、地盤は深いところまで強固に改良する必要があり、しかも、海上では水深分だけよけいに高さが必要なので、陸上にくらべると施工機械は格段に大規模なものとなります。一隻で数十億円のサンドドレーン船が日本には何隻もあります。
 このように大型の作業船が必要となると、初期投資は大変ですが、施工速度は一般に速くなります。また、機械化が進んで出来上がりの品質も良いことが多いのです。大量生産のメリットといえます。ただし、需要があまりないと作業船の維持管理が大変でコストもかかります。

これからの地盤改良
 二十一世紀の地盤改良はこれまでとはだいぶ変わってくると思われます。高度成長・高金利の時代に要求されたインフラの大量・急速施工はもはや重要ではなくなり、しかし、高齢化社会に向けて社会資本の増強と維持管理はやはり要求されるでしょう。そこで、地盤改良の世界でも時間より金の重みが増し、より安い工法の開発が望まれます。さらに、地盤改良として安い工法より、インフラ全体の建設費が安くなる工法の開発など、総合的な視点が求められます。このため、単に軟弱地盤を固めて改良する工法よりも、より範囲の広い軟弱地盤対策を工夫する必要があります。ここでも、ハードよりソフト、シンプルよりもハイブリッドの重要性が増してきます。
 新しい世紀は環境の時代です。地盤改良工法にも省資源、省エネルギーの観点が求められます。さらに、廃棄物の有効利用や廃棄物処理のための改良工法も必要です。浚渫土を有効利用して埋め立て材料に変える「管中混合固化処理工法」や「軽量混合処理土工法」などが活用されていくでしょう。また、廃棄物を地盤改良用の材料に加工して使うことも進展していくことでしょう。
 これまでの地盤改良は軟弱な地盤を固めたり、液状化を防ぐのが目的でした。しかし、これからは汚染された地盤の浄化が重要になってきます。臨海工業地帯の工場や処分場の跡地などが重金属、有機溶剤、PCBや石油などで汚染されている例がポツポツ摘発されています。本来は表に出ないで闇に葬られることが多い事象ですが、これから環境監視の目が厳しくなるにつれて摘発量は増えていくでしょう。汚染地盤の浄化は生産に寄与するわけではないのに時間とコストがかかって嫌われ者になっています。従来の狭い意味での地盤改良工法ではありませんが、安くて速い浄化工法の開発が緊急の課題となっています。
 汚染地盤の浄化工法にも多くの種類があります。「洗浄」、「吸引除去」のような物理的工法、「焼却」、「固化」などの化学的工法も使われますが、これからの工法として注目されているものに微生物の利用があります。タンカーから流出した石油が何時か自然に分解されてきれいになるように、微生物の効能はまだよく判っていませんが、これから無限の可能性があるように思われます。またこれは汚染地盤の浄化ばかりでなく、軟弱地盤を固める効果もあるようで、研究が進んでいます。関空の第三期工事ではサンドドレーンなど使わず、洪積層までボーリングして微生物を注入し、多少の時間はかかるものの、格安の地盤改良を行い、沈下量を半減させるというのも夢ではないかもしれません。


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