| 独立行政法人 港湾空港技術研究所 地盤・構造部 材料研究室長 | 「コンクリート構造物」 海洋環境下におけるRC構造物の耐久性向上の方法 コンクリート中の鉄筋の腐食機構 コンクリート内部の微細な空隙中に存在する水溶液(細孔溶液とも言う)はpHが十二以上の高アルカリ性となっています。このような、コンクリート内部の強いアルカリ環境下において、鉄はその表面に不動態被膜と呼ばれる、厚さ一〜三nmの水和酸化物(γ-ー Fe2O3・nH2O)からなる薄い酸化皮膜を形成し、腐食作用から保護された状態となります。しかし、コンクリート中に、ある種の有害成分が侵入すると鉄は活性態となり腐食しやすい状態に変化します。そのような有害成分には、ハロゲンイオン(Cl-,Br-,I-)、硫酸イオン(SO42-)、または硫化物イオン(S2-)などの陰イオンがあり、これらのうち、塩化物イオンの作用が最も強いと言われています。  | 図―1 鉄筋の腐食反応の概略 | 鉄の腐食とは、鉄筋を形成する金属鉄が鉄イオンとなり、Fe2O3、Fe3O4、Fe(OH)2などの錆を形成する反応をさします。図―1に、鉄筋の表面に不動態が存在しない場合の腐食反応の概略を示します。金属鉄はアノード部において鉄イオンとなり溶解します(Fe→Fe2++2e-)。この時生じた電子は金属中をカソード部へ移動し、水と酸素と反応することにより水酸イオンを形成します(2H2O+O2+4e-→4OH-)。水酸イオンはコンクリート中をカソード部からアノード部へ移動し、Fe2+イオンと反応し、Fe(OH)2を形成します。さらに、Fe(OH)2は酸素と反応し、Fe2O3あるいはFe3O4を形成します。このような酸化鉄がいわゆる錆と呼ばれています。 鉄筋表面に塩素イオン(Cl-)が存在すると鉄筋表面の不動態が破壊され、鉄筋の腐食が開始されると説明しました。海水中には高濃度の塩素イオン(Cl-)が含まれるため、海洋環境下にあるコンクリート構造物が海水と接触した場合、コンクリートが海水の浸透を完全には遮断できないために、海水中の塩素イオンが鉄筋表面に到達します。それにより、内部鉄筋の腐食が開始されるのです。 鉄の酸化反応に伴い生成する酸化鉄の体積は、もとの鉄の体積の数倍にもなります。この時の膨張圧により周囲のコンクリートにひび割れが発生し、ひいてはかぶりコンクリートの剥離、剥落へとつながるのです。このような現象を総称して「塩害」と呼んでいます。 港湾構造物の劣化の状況 港湾構造物においても、鉄筋コンクリート型式は多く用いられています。しかも、海洋環境に建設されるため、前述の塩害とは無縁ではありません。港湾構造物の中で塩害による被害が深刻なものは、桟橋式係船岸のコンクリート上部工です。桟橋の構造上、海面上数メートルという、最も厳しい飛沫環境にあること、また、はり、床版ともに曲げ部材であるために曲げひび割れが避けられない、といったことも桟橋の被害を大きくしている要因と思われます。 写真―1は、塩害による損傷が著しい桟橋コンクリート上部工の下面の様子を示しています。かぶりコンクリートが完全に剥落し、主鉄筋が激しく腐食している様子を見ることができます。建設後十年程度で劣化の兆候が顕れ始め、早い場合には、二十〜三十年程度で写真のような極めて深刻な状況になる事例も多く見つかっています。係船岸の耐用年数は、一般に五十年を考慮していますので、塩害に対して高い耐久性を有する桟橋を建設していくことは、これからも極めて重要な課題であると言えます。  | 写真―2 港湾空港技術研究所の暴露施設 | 長期暴露試験の意義 数十年という長期にわたるコンクリート構造物の挙動を正確に把握する最も確実な方法は、実環境下での暴露試験です。もちろん各種の促進試験も試みられていますが、それらの促進試験期間と実環境における経過時間を確実に対応させることのできる方法は、現在のところ確立されてはいません。港湾空港技術研究所において、昭和四十年代の初頭から各種の試験体の長期暴露試験を開始し、現在三十数年が経過しています。写真―2は当研究所構内に設置されている暴露施設(海水循環水槽と称する)です。暴露試験は極めて地味な試験ではありますが、得られる知見は極めて高い価値を有します。二十三年間の暴露試験を通して得られた知見の一例を以下に示します。 コンクリートは比重の異なる種々の材料で構成されているため、打ち込み後、比較的軽い水や空気は上昇し、比較的重い骨材やセメントは沈降します。この時、コンクリート中に鉄筋が存在すると、上昇した水や空気はその場でそれ以上の上昇を遮られるため、鉄筋とコンクリートとの界面(この場合、鉄筋の下側)に水膜や空隙が形成されます。水膜は、コンクリートの硬化や乾燥により最終的には空隙となります。 このような鉄筋下面の空隙は鉄筋の腐食を促進することが二十三年間の暴露を経た供試体を観察することにより明らかとなりました。写真―3は、海洋環境下の干満帯に二十三年間暴露した鉄筋コンクリートはり試験体を切断して断面を観察したものです。鉄筋下面の空隙の部分において腐食が進行していることが認められます。写真に示す鉄筋はコンクリートの打ち込み方向に対し水平に配置された鉄筋ですが、垂直に配置された鉄筋では水や空気の上昇を妨げないため、鉄筋周囲に空隙は形成されず、したがって顕著な腐食は認められませんでした。 鉄筋とコンクリートとの界面におけるわずかな空隙という、ともすれば見落としがちな小さな要因が、コンクリート中の鉄筋の腐食に影響を及ぼす重要な要因であることを、長期間の暴露試験により把握することができました。 腐食を抑制するための考え方 それでは、コンクリート中鉄筋の腐食を可能な限り抑制するための対策として、どのような考え方があるのかをご説明します。対策の考え方を大きく二つに分類しますと、コンクリートの品質を向上させることにより内部鉄筋の防食性を向上させる方法と、コンクリートだけで対応できない場合に、さらに追加の対策を講じる方法があります。前者を第一種防食法、後者を第二種防食法と称する場合もあります。コンクリートの品質を向上させる基本は、水セメント比を可能な限り小さくすること、高炉スラグ微粉末、フライアッシュ、シリカフュームなどの鉱物質混和材を適切に使用することです。これにより、海水の浸透量を極力抑えることのできる密実なコンクリートを作成することができます。また、部材設計における留意事項として、ひび割れ幅を制限することと、かぶり厚さを十分に確保することが大切です。 前述のような対策で十分に腐食が抑制されない場合に用いる対策として、コンクリートの表面に何らかの被覆を施すことにより、海水の浸透を抑制する方法もあります。被覆に用いる材料により、表面塗装、含浸塗装、モルタル被覆、永久型枠などに分類されます。また、鋼材自体を防食する方法も考えだされています。エポキシ樹脂塗装鉄筋に代表される被覆鉄筋の使用、ステンレス鉄筋のような耐食性の鋼材の使用、また電気防食法などがこれに相当します。活発な技術開発により、このほかにも多くの腐食抑制方法が提案されています。 | 写真―4 付着生物により作り出されたコンクリート表面の堅固な被膜 |  | 図―2 生物が付着したコンクリートの塩分拡散係数 | 生物の力を利用する新たな試み 前述した対策はすべて人為的な技術ですが、現在、港湾空港技術研究所において、生物の力を利用した新しい腐食抑制方法を検討しています。これは、考え方としては新しいものですが、現象としては決して新しいものではありません。皆さんも、海の中のコンクリートの表面にフジツボや牡蠣などの海生生物がびっしりと付着している様子を目にしたことがあると思います。ともすれば、汚損生物などと呼ばれて忌避されるこれらの生物の力を借りようというのが本研究の主眼です。 昨今、コンクリートの種類は多様化しています。普通セメントを使用したコンクリートに加えて、産業副産物の有効利用の観点から、各種の鉄鋼スラグ、フライアッシュ、などが混入されることが増えつつあります。ところが、これらの鉱物質混和材を使用すると、コンクリートに接触する面の海水のpHの上昇が抑制されることから、硬化体表面に生物が積極的に付着するようになります。実験的に比較してみても、明らかに生物の付着量が多くなる傾向にあります。 では、どのように生物の力を借りるのかをご説明します。まず、写真―4を見て下さい。写真は、付着している生物およびそれらの殻を剥ぎ取った後のコンクリートの表面です。表面のわずかな空隙に貝殻と同様の物質が密着している様子がよくわかります。写真のコンクリートはわずか一年間、海洋環境に置かれていたものですが、ほぼ表面の全体に生物の付着が見られました。この白色の生成物は、炭酸カルシウムが主体ですが、それに加えて約十%程度の有機物を含んでおり、極めて固く、物質遮へい性に優れています。このような物質を人工的に作り出すことは不可能ですが、フジツボのような海生生物は、海水中のミネラルからいとも簡単にこれらの物質を作り出してくれます。では、コンクリート表面に海生生物が作り出してくれる、この非常に薄い被膜がどのような役割を果たしてくれるかを見てみます。図―2は、海生生物が多く付着した後のコンクリートとほとんど生物が付着していないコンクリートの塩分拡散係数を比べたものです。塩分拡散係数の詳細はここでは割愛しますが、塩分拡散係数の大きなコンクリートほど塩化物イオンの浸透が容易になるために、内部鉄筋の腐食も大きくなります。明らかに、生物の付着の多いコンクリートの方が塩分拡散係数が小さくなることがわかります。コンクリート内部への塩化物イオンの浸透が抑制されるということは、内部の鉄筋の腐食がそれだけ抑制されることになります。 この研究は現時点で継続中であり、これから取りまとめを行いますが、最終的には生物が最も付着しやすい材料、配合、さらには生物付着を促進させる表面形状を提案していきたいと考えています。 二十一世紀は、生物にとって優しく、付着した生物が構造物を助けてくれるような、海洋構造物を造っていきたいと考えています。 Copyright(c)2001 Coastal Development Institute of Technology. All right Reserved. |