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クローズアップ・テクノロジー
「地球温暖化とその対応策
―温暖化防止への新たな試み 海と陸でのCO2の吸収―
久田安夫

地球温暖化  
 地球温暖化問題は、人類に与える影響の広範さ、深刻さという点で、今世紀に人類が取組んでゆくべき最大の環境問題の一つと言えます。産業革命以降、産業活動が活発化し、石油・石炭などの化石燃料の燃焼による二酸化炭素(以下、COと略す)等の温室効果ガスの排出が飛躍的に増大したために、大気中の温室効果ガスの濃度が増加し、過去一四〇年間に気温は〇・六℃±〇・二℃上昇したとされています。
 このまま何の対策もとらなければ、二十一世紀中には気温は現在よりも一・四〜五・八℃、海面水位は最大で八八cm上昇することが予測されております。また、干ばつの増加、洪水の頻発、生態系の崩壊、食料生産への影響など全地球的に取り返しのつかない深刻な影響が生ずるおそれがあると懸念されています。(「気候変動に関する政府間パネル」第三次報告書) この危機を未然に防ぐことを目的として、一九九二年五月に「気候変動枠組条約」が採択され、地球温暖化に対する国際的取組みが本格的に始まりました。
 一九九七年十二月には「気候変動枠組条約」第三回締約国会議(COP―3)が京都で開催され、京都議定書が採択されました。その概要は次の通りです。
 先ず削減数値については、二〇〇八年から二〇一二年の五年間の平均で、温室効果ガスの排出量を一九九〇年比で全締約国平均で五・二%削減することが決まりました。各国の削減率は日本が六%、米国が七%、EUが八%などとなっています。対象ガスについては、CO、CH、NO、代替フロン二種、SFの六種類となりました。
 また、吸収源については、一九九〇年以降の新規植林など限定的な活動によるCOの吸収量を加味することになりました。
 その他、排出量取引や、先進国間の共同実施、クリーン開発メカニズムなどの規定が採択されましたが説明を省きます。
 このような状況を受けて、わが国では一九九九年四月に「地球温暖化対策の推進に関する法律」が施行され、「地球温暖化対策に関する基本方針」が閣議決定されました。この中で、温室効果ガスのうち特に温暖化への寄与度が全体の大半を占めるCOを中心に、次のような広範かつ抜本的な対応策をとることが定められました。
 (1)エネルギー効率の向上と省エネルギー対策の推進
 (2)太陽光発電などのクリーンな新エネルギーの積極的な開発導入
 (3)植林等によるCOの吸収、固定化の推進
 (4)国民のライフスタイルの見直し
 (5)その他(集中排出源対策など)
 また(1)については、同じく一九九九年改正された「エネルギーの使用の合理化に関する法律」に基づく諸対策も実施に移されました。
 ところで、(3)の植林による吸収量については、我が国の目標である六%削減のうちの過半を負担することが期待されています。
 なお、ここで注意しなければならないのは、京都議定書で定められた全締約国平均五・二%の削減は、先進国が大半を占める締約国に関する数値であることです。すでに米国に次ぐCO排出量の中国をはじめとする開発途上国は、この議定書に拘束されることなく、今後も相当期間に亘ってCOの排出を大きく増大させることが予想されています。このため、地球温暖化を防止するためには今後、途上国での削減に向けた取組強化が不可欠となりますが、同時に先進国についても、京都議定書の達成後、一層のCO等の排出量の削減が必至と見られています。
 しかし、持続的な発展と京都議定書の遵守の両立が大変困難と見られている今日、さらなるCOの削減は容易ではありません。
 このため、我が国をはじめ一部の先進国ではCOの吸収源の新たな開発に向けての研究が進められています。 COの排出と吸収  地球温暖化は温室効果ガス、なかでもCOの排出量の急激な増加が主たる原因と言われています。今から百年前には年間十億トンに達していなかった化石燃料の消費が、現在では六十億トンに激増しています。化石燃料一トンの燃焼は、ほぼ一トンの炭素をCOとして放出すると言われていますので、化石燃料の消費の増大はそのままCOの増大となります。また、近年増大してきた人為的な熱帯雨林の伐採は、COの放出増をもたらしています。
 このような人為的なCOの放出量と吸収量については、「気候変動に関する政府間パネル」(略してIPCC)の第二次報告書に示されています。(表―1.COを炭素の重さに換算)
 これによると、COの放出は、化石燃料等に起因するものが五五億トン/年、熱帯雨林の伐採等によるものが十六億トン/年となっています。一方、放出されたCOがどこに蓄積(吸収)されているかについては、大気中の残存量が最も大きく毎年三二億トン、海洋の吸収が二十億トン、北半球の森林の成長によって毎年五億トンが吸収されているとしています。
 ところで、COが地球上のどこにどれだけ現存しているかというと、大気中に七千億トン、陸上の植生や土壌中に二兆トン、海洋に四十兆トンといわれています。比率にすると一:三:六十になります。従って、COをゆっくりと放出すれば多分、この地球上のCOの賦存量の割合でそれぞれの場所に吸収されてバランスを乱さずに済むはずです。
 しかし、人類は非常に急激に化石燃料を使い出したためにバランスが崩れ、本来なら陸上や海洋で吸収する分が大気中に残存し、地球温暖化を招いていると言えます。
 そこでCOを海と陸へより多く吸収させるにはどうすれば良いかについて、各国で研究が進められています。以下にそのうちの代表的な成果について紹介します。

陸上におけるCO吸収策
 発電所やセメント工場などCOを集中的に排出する場所において、放出ガスから直接COを分離・回収する方法が研究され、すでに成果が出ています。化学的な処理によって回収が可能だと言われていますが、回収したCOを最終的にどのように処分するかについて研究が続けられています。
 一旦、大気中に放出したCOの陸上での吸収、言い換えれば現在大気中に存在するCOの削減策としては現在のところ、植物の光合成機能などの自然界の生物機能を利用するほかに方法はないと言われています 。
 この場合、高等植物を利用する植林等によるCOの削減策については、京都議定書でも採択されておりますので、ここでは省略します。
 細菌や微細藻類などの微生物を利用する方法について多くの研究が行われています。その一つとして、樹木などよりも光合成能力が高く耐環境性にも優れた微細藻類として、クロレラ属の優良株がRITE(財団法人地球環境産業技術研究機構)により発見されています。このクロレラの光合成能力は、一般の森林の十倍に達すると発表されています。成長した大量の微細藻類の有効利用が今後の課題と言われていますが、期待の持てる成果の一つと言えそうです。

海を利用したCOの吸収策
 現在、海が吸収しているCOの量は毎年二十億トンですが、これは海の環境容量からすれば十分増量の余地のある数量です。ではこの二十億トンを増量させるにはどうすればよいかと言うことですが、それについて述べる前に、海がCOを吸収するメカニズムについて触れておきます。
 一つは海水表層の植物プランクトンによる生物機能によるものです。次に考えられるのは海水の上下交換など海水循環による物理的な現象によるもの、それとアルカリポンプと称して表層海水のアルカリ度が高くなるとCOの吸収が増えるというもの、この三つのメカニズムによってCOを海が吸収していると言われています。
 このうち植物プランクトンによるCOの吸収についてですが、世界中の海でCOと水から生産される有機物の量、すなわち海の植物プランクトンの年間総光合成量は炭素量に換算して、四百億トンです。これは陸上の植物の年間総光合成量が六百億トンですから、COの吸収源としての海の重要さは陸上に匹敵するものといえます。この海の光合成量を人為的に増大させるために、現在研究が進められているのは、鉄やシリカを海へ供給する方法についてです(図―1)。
 米国の学者マーチンの唱えた「鉄仮説」の実海域での有効性を確かめようとする試みが数年前から続けられています。植物プランクトンの増殖に必要な窒素や燐といった栄養分が十分存在しているのにプランクトンの存在量(光合成量)の少ない海域に対して、鉄イオンを供給すればプランクトンの増殖が活発になるという仮説です。米国、カナダ、日本において個別に、また共同で実海域実験中であり、まだ十分な成果は発表されていませんが、仮説通りとすれば、毎年百万トンの鉄をまくと、海へのCOの吸収量を倍増することが可能との推算がなされています(表―2)。
 もう一つは、アルカリポンプの作用を活発化することによって、COの吸収を増やすことの可能性についての研究ですが、これはまだ実海域実験は行われていないようです。
 東京大学の野崎教授らによって提唱されている「シリコン仮説」をよりどころとするもので、海へのシリカの供給を人為的に増やすことによってアルカリ度を高め、COの吸収に寄与する植物プランクトンの選択的増殖をはかろうとするものです。米国のマサチューセッツ工科大ボイル教授の計算では、シリコン仮説によるCO吸収効果は、マーチンの鉄仮説の効果にほぼ等しいとしています。
 これらの研究の他、社団法人日本鉄鋼協会が平成十年度から始めた「製鋼スラグを栄養源として利用した海洋植物プランクトン増殖によるCO固定化研究会」の活動が注目されています。委員長の東北大学日野教授をはじめ、我が国の一流の学者と実務者を集め、着実に研究が進展しているようです。特に昨年、東北大学谷口旭教授らによる都市排水と製鋼スラグの混合物を用いた実海域(北太平洋)での植物プランクトンの増殖実験は、極めて高効率の増殖結果を示しており、今後の研究成果が期待されています。

電中研レビュー(1992)武田ら

あとがき
 今年の二月に出されたIPCCの第三次報告書によると、生物的な機能によるCOの吸収は、新しい技術開発の成果を含め二〇五〇年までに、化石燃料に起因する排出予測値の十%〜二十%になると推定しています。
 ここで紹介したCO吸収策は、現在実施されている研究・調査のうちの極く一部であり、しかも途中の成果に過ぎません。大きな期待を持って今後の研究に声援を送りたいと思います。そして海と陸での新しい技術によるCO吸収が、具体的なプロジェクトとして早期に実施に移され、地球温暖化防止に寄与できる日の一日も早いことを望んでやみません。

久田安夫(ひさだ・やすお)
(株)テトラ取締役相談役
1926年生まれ。1949年京都大学工学部卒業。
運輸省港湾技術研究所所長、新日本製鐵(株)
相模原技術センター所長等を経て、88年日本
テトラポッド(株)(現(株)テトラ)取締役
副社長就任。90年代表取締役社長、96年代表
取締役会長に就任。現在に至る。

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