目次 前ページ 次ページ
CDITとは 最新号 バックナンバー

−CDIT対談−
沿岸の未来を見据えて
「個」から「場」の技術へ
技術のステータスを上げる
新たな技術の創造へ
20世紀文明を技術の視点から鋭く分析し、同時に新しい時代における技術の行方
についても深く洞察されている森谷正規氏。21世紀という新たな世紀を迎えた今、
技術の未来への展望は。あるいは港湾、沿岸域にはどのような技術が必要なのかお話を伺いました。

ゲスト―
森谷正規氏
1935年生まれ。60年東京大学工学部卒業。日立造船、野村総合研究所、東京大学先端科学技術研究センター客員教授を経て、94年より放送大学教授。技術評論家。主な著書に『日本・中国・韓国産業技術比較』(大平正芳記念賞受賞)『文明の技術史観』『21世紀の技術と社会』等多数。


「場」の技術のために

(財)沿岸開発技術研究センター
理事長 井上 興治
井上 今日は、二十一世紀の技術に対して我々は何を期待するのか。そして我々の専門である沿岸域や港の技術の将来をどのように展望したらいいのか。さらに最近では、技術に対する国民の関心の薄れ、技術の国際化などと言われている状況について先生の考えをお聞かせいただければと思っております。
 まず、二十世紀は科学技術の時代といわれていますが、技術の発展を促した要因についてどのように見ておられるのかお聞かせいただけますでしょうか。

森谷 技術を発展させるものは何か。基本的にはより良い生活、豊かな生活を目指 しているということだと思います。
 私は、二十世紀の技術の発展の流れを大きく二つに分けて考えています。
 一つは社会システム―交通、エネルギー、通信―の急速な進展です。交通では、航空機、船舶、鉄道の大型化、高速化の進展。エネルギーでは、石油、火力、原子力が一○○万kWの発電レベルに到達。通信では、電子交換機の誕生以来、だれでも電話機を持つようになった。つまり大型化、高速化、効率化です。これらの技術はほぼ一九六○年代に発展して、この時期にかなり技術が成熟したといえます。
 もう一つは大量生産システムの確立です。大量生産された機械が、生活を豊かにすることに直結した。一九○八年に誕生したT型フォードを端緒にアメリカでは、二○年代から車がかなり普及しました。第二次大戦以前、量産の機械はほとんどアメリカが作っており、当時から冷蔵庫、掃除機、洗濯機が普及していました。戦後、日本、ヨーロッパにも自動車、家電製品が普及して非常に生活が豊かになった。
 そして、日本は戦後しばらくの間はアメリカを追従していましたが、七、八〇年代に入ると、日本は世界に先駆けた技術開発を次々と行い、長期間、市場を独占的に支配し日本は技術強国といわれるようになった。家庭用VTR。コンパクトディスク。オートフォーカスカメラ。ビデオカメラ。レーザープリンターなどの製品はみな日本が開発しました。これらの技術の元となったのが、超LSIメモリー=DRAM。これは当時のハイテクのシンボルのようなものです。
 しかし、現在の長引く不況の中で、この日本の技術の強さが発揮できない状況になっています。この原因についてはいろいろと言われていますが、根本的な問題は、消費者の購買意欲を誘うものが無いということ。消費者が欲しいと思うものはおおむね開発してしまった。
 私は、技術文明という見方から技術が、経済産業の発展にどれだけ結びつくのかという面にも非常に強い問題意識を持っています。ですから、現在の長引く不況の突破口として技術は大きな役割を果たし、また活用しないといけないと考えています。
 私は七七、八年頃から日本の技術は強いと言ってきました。当時は強いとはだれも言いませんでした。いまでも技術開発力は強いはずです。しかし、この力を活用する方向性がつかめない状況のために、本来の力が発揮できないというのが今の日本の苦しさだと思います。

井上 二十世紀は、我々の夢が次々と実現して豊かな生活を享受できるようになった。その背景には、技術の発展という大きな恩恵があった。しかし、発展という光の部分に対して、それにともなう影の部分、負の遺産も残してしまいました。

森谷 二十一世紀の技術発展の方向を私は三つ挙げています。第一に社会問題の解決。第二は高度情報化。第三は人間・生物・自然です。
 特に、第一と第三は(財)沿岸開発技術研究センターと深い関わりがあると思います。
 第一の社会問題の多くは、二十世紀の大量生産の技術の発展により得た豊かさに対する裏返しの結果です。例えば電力の大量消費は化石燃料を燃焼させてNOX、SOX、酸性雨という問題を発生させた。またCO2による地球温暖化という大きな問題も発生しています。都市ゴミの問題も豊かさの影でどんどん増えている。これらの問題の解決も重要な課題だと思います。
 第三は、例えば二十世紀に非常に発展した技術はさまざまな完全な人工物を生み出しました。それらに組み込まれたMPUにはトランジスタが一二〇〇万個も入っています。しかし、人間の脳にはニューロンが一四〇億個あるといわれます。それだけ人間は極めて複雑です。それから自然。例えば地震予知は三十数年間やってきてほとんど成果が上がっていない。これは研究者を責めるよりも地球がいかに複雑であるかを示しています。このような人間・生物・自然の複雑さは、まさに二十一世紀をかけて挑戦する課題だと思います。

井上 先生は、その三つの方向とともに、二十一世紀は「個」の技術から「場」の技術が非常に大切になるとおっしゃっています。そのことについてもう少し詳しくお聞かせください。

森谷 一番わかりやすいのは車と車社会の関係です。車は、性能、デザインなど非常に大きく発展して大変魅力的になっています。ところが、そのすばらしい車で道に出ると、道路は交通渋滞で走れない。そして交通事故による犠牲者がなかなか減らない。また事故件数や負傷者の数は、毎年確実に増えています。この問題点は、車社会の「場」の技術が遅れているということです。つまり車を安全、快適に走らせるための技術が遅れている。「個」の製品の技術は企業が非常に力を入れて、高性能、高品質のものを次々と作りますが、実際に動かす「場」の技術が必要でありながら進んでいない。ですから、これからは「場」の技術が重要だと言っているわけです。

井上 その「場」の技術が遅れている原因はどこにあるとお考えですか。

森谷 基本的に、企業は製品の性能を上げて多機能化し、コストを下げることで良く売れる技術に力を入れています。
 ところが、「場」の技術は必要でありながら、企業にとっては市場にならないという問題があります。例えば安全自動車を開発していますが、購買層が限定されて高価になるためになかなか進まない。つまり「場」の技術がマーケットに結びつかないわけです。
 社会に技術を向ける場合、まず非常に大きな問題点はこのようにマーケットにならないという問題があります。
 そして、家庭や工場、オフィスではなく、社会にシステムを入れる際に空間が乏しい。特に日本の大都市は空間が乏しいという問題もあります。
 それから、社会にはさまざまな意見の対立があり調整が難しいということも問題です。

井上 「場」は、国民の共有する空間ともいえますから社会的な資産となるものですね。日本の場合、その社会資産はまだまだ先進国の中では貧しいし、日本も空間が乏しいという事実は、多くの国民も理解していることだと思います。この貧しく乏しい社会資産を少しでも豊かにしていくのが、二十一世紀に課せられた我々の課題ではないでしょうか。その中で沿岸域という場はまだまだ魅力ある空間で、日本が発展する上でやはり戦略的なポイントになると思いますが、そのためには、どんな技術的なアプローチが可能なのでしょうか。

森谷 確かに日本が開拓できる空間は地下か沿岸だと思います。特に沿岸の重要性は非常に大きいと思います。しかし、そのためには、東京一極集中のような大都市圏に一極集中する状況を少し変えないといけません。沿岸を広く利用するには、もっと日本が各地域に分散してそれぞれの地域の沿岸域を活用する方向に進むべきだと思います。 具体的な可能性について申しますと、風力発電は可能性があると思います。実は、私は二、三年前までは日本向きではないと言っていました。アメリカ、ドイツ、デンマークのように数百機も発電機を並べて十五〜二十万kW出力のウィンドファームを作る未利用地が日本にはないためです。しかし、発電機一機の出力が一五〇〇〜二〇〇〇kWになりましたから、数百機も並べなくとも洋上であれば二十万kWの発電も可能になったと思います。しかし、洋上に設置した場合、陸上に比べてどれだけコスト高になるかという問題があります。ですから問題を解決し、自然エネルギーの利用を増やすためには、それをカバーする仕組みを作らないといけない。経済的に不利にあるものを何とか伸ばしていく仕組みが必要だと思います。
 それには、やはり日本で非常に進んだ大量生産の技術の導入が必要ではないでしょうか。もちろん建設事業は大量生産ではありません。洋上風力発電の場合も地形によってひとつひとつ違うわけですが、何とかこの量産という考え方を導入していただければと思います。

井上 風力発電に関しては、(財)沿岸開発技術研究センターにおいて民間も参加した共同研究の場を設けて、洋上または防波堤上に風力発電装置の設置ついて技術的な検討を行っています。これまでの検討では、建設コストは内陸に比べて確かに割高になっています。
 公共事業も含め建設事業における技術開発の投資額は、一般製造業の投資額が売上高の七、八%を投資しているのに対して、二%程度の非常に低い比率になっています。その理由には、公共事業、社会資本の整備は単品・注文生産であることから、技術開発のための投資を回収する機会が非常に少ないことにあります。そのため、できるだけ新しい技術開発によって、大量あるいは工場生産型にしていく努力が必要です。また、公的機関との連携によってトータルに研究開発を進めるなど仕組みを考えて、トータルコストをリーズナブルなところまで下げる努力が必要です。このような取り組みが「場」の空間をより高度化して、国民の期待に応える空間にしていくために必要だと思います。

森谷 日本の技術がここまで発展したのは、さきほどから申し上げているように極めて大型の市場を目指して製品開発してきたからです。何社も市場に参入して、独自に開発して猛烈に競い合ってきた。かなりの開発費を投じても、非常に大型の市場だから回収できた。
 しかし、公共事業のような社会の向上に向けた技術の場合は、個々の建設業者はとても研究開発費を出せないと思います。そこで、(財)沿岸開発技術研究センターのような組織が中心となり、企業が共同して取り組み開発するという仕組みをどんどん仕掛けていくことが必要だと思います。

地球を守る技術を
井上 日本は科学技術創造立国をめざすとか、技術なくしては日本の発展はないといわれています。しかし、実際に国民が科学や技術に対して高い関心を持ち、かつ興味を持っているか。また技術や技術者に対して正しく評価しているのかというと、私は非常に低く扱われているのではないかと懸念しています。
 OECDが調査した世界の中で科学技術に関心を持っている一般市民の割合は日本はほとんど最下位です。日本物理学会が学生を対象に実施したアンケートを見ても、理科は生活の中で大切だと考える学生の割合が、アメリカが八十%以上、日本は五十%ぐらい。仕事に就きたいかは日本は二十%以下といずれも非常に惨澹たる状態です。
 また、日本の中学生は理科や数学のテストの成績は、世界の中でも四、五番ぐらいですが、同時に好きか嫌いかとアンケートを採ると下から二番目ぐらい。要するに、テストでは諸外国の中でも上位にいますが、好きか嫌いかというと嫌いな人ばかりという状態です。
 先生は、技術や技術者に対して国民が正しく評価する社会をどう考えておられますでしょうか。

森谷 科学技術に対する関心や知識について考えるには、まず「科学」と「技術」は違うということを理解することです。特に日本ではマスコミが二つを混同して「科学技術」と表現しますが、これは大変な間違いです。アメリカでは科学技術に対して関心を持っている人が多いといいますが、これは「科学」に対して関心が高いわけです。ヨーロッパも同様にサイエンティストが非常に尊敬されます。
 日本の場合、明治以降に技術に非常に力を入れました。旧東京帝国大学設立時に工学部が最初から設置されました。驚くべきことに、これは世界の総合大学の中で最初の工学部なんです。ヨーロッパは総合大学の非常に長い歴史がありますが、神学や哲学が主で実用的な学問がほとんどなく工学部がありませんでした。ですから私は日本では技術がずっと高く評価されていたと思います。
 しかし、一方でサッチャー元首相は、イギリスの産業が遅れる事態になったのは、エンジニアのステータスが低いためだと分析し、そのステータスを高めようとしました。
 日本は、実利的に物事を考えますから日本が技術で発展してきた段階では技術のステータスは高かったと思います。しかし、最近はものも技術もあふれている。また技術に対する期待感も強くはないことから関心が低くなっていると思います。

井上 技術に対する国民の関心が低くなっている現状の中で、技術を専攻し技術を職業とする人も少なくなっている。その結果、技術者のトータルの能力も下がるのではないか。また、このまま推移するのか。これから我々が二十一世紀に豊かな生活を引き続き享受できる社会にしていこうと考えたときに、技術や技術者の役割は、現在よりも低い状態になってもやむを得ないとするときがくるのでしょうか。

森谷 理工系離れと言われはじめたのはちょうどバブルの頃です。当時の優秀な理工系の学生が、夢はトレーダーだといって証券会社、銀行に就職した。確かに証券会社も銀行も理工系の学生を大勢採用しました。しかし、トレーダーになるのはその中のごく一部です。なぜ理工系を採用するかといえば、証券会社も銀行もコンピュータを導入していますからそのための人材として必要だったためです。
 その事実と、小・中学校の理科嫌いの問題は違う問題だと思います。理科嫌いの要因は、やはり教育のあり方が一番重要です。小学校までは理科好きだった生徒は多いのですが、中学に進学するとすぐに高校受験のための実験も行わない詰め込み教育を受けてしまう。これでは生徒にはおもしろくありません。ですから、テストは高得点を取りますが、理科はおもしろくないとなる。これは受験戦争が理科教育を非常に歪めたと思います。
 それから、根本的に理工系を専攻して科学者やエンジニアになったときに、それがどれほど将来、自分にとっていい仕事に就いて豊かな生活ができるか、技術に一体何ができるのかということに対して期待がだんだん減っていると思うんです。
 では、技術に何を期待するか。基本的に従来の物理化学の基礎研究は、二十世紀と違って大きな成果は期待できないと思います。そこで私が言いたいのは、やはり社会生活を向上するための技術の可能性。ただし、これは革新的な技術では有り得ない。そこで、どういうモチベーションをこれからの技術に持たせるかということです。
 それは地球を大事にしていく技術です。技術によって豊かな社会生活を生み出すには、これからは地球を視野にいれた技術が非常に大きな役割になると思います。
 これは若い世代の人にもわかってもらえると思えます。本当に豊かな時代に生まれてきている世代ですから、社会のための豊かさといった面について、一種のボランティア的な面を訴えたい。そういう面で若い人を技術の分野に導いていきたいと思います。

井上 そういう意味では、技術の分野が二十一世紀も非常に大切な時代だということですね。いままで、個々の生活の豊かさに向けた技術を一所懸命やってきた。そういう技術ももちろん必要に応じて進展しますが、自分の身の回りから社会へ、さらに世界から地球環境全体を見て、それに対してどんな取り組みをしたらいいのか。そのときに技術なり、それを活用して発展させる技術者の役割は大きいということなんでしょうね。

森谷 まさにそういうことだと思います。
 そのなかの大きなものがフロンティアの開拓です。フロンティアというとまずは宇宙です。地下もひとつのフロンティアですが、やはり海洋のフロンティアを開拓する。これはこれから日本が活力を取り戻すために必要なことだと思います。

「物言う」人を育てる
井上 技術基準の国際化は、実は土木建設技術の分野で非常に大きな問題になっています。造船関係では、もともとIMOなど各国共通の規定が整備されていますが、社会資本関係では、それぞれの国が独自の基準を設けていることもあり、ISOなどの基準の国際化に対してどう対応をとるべきか、非常に厳しい状況にあります。

森谷 土木建設分野は、これまで国際的な商品がなかった。しかし、これから国際化の時代には非常に大きな問題になると思います。船舶の場合は、正に国際商品ですからロイドルールがあり、それに準じてNKがありましたから、基準の国際化は非常に進んでいました。
 国際標準を定める中で日本があまり発言できてないことがありますが、ただ、例えばCD(コンパクトディスク)。これはソニーとフィリップスが開発をして両社が基準を作った。これがデファクトスタンダード。それからMPEGといった画像処理の技術。これも日本が非常に進んでいましたから、基準を定める上で日本の主張をかなり取り入れた。ですから、やはり技術が進んでいることがどうしても必要です。日本人は英語力の問題があり国際会議でも丁々発止のやり取りをするにも、どうしても不利という面があります。しかし、それを技術が進んでいることでカバーしないといけないし、かなりカバーできると思うんです。

井上 港湾技術については、もちろん欧米も相当の取り組みを行っていますが、日本も負けないぐらいの技術力があります。しかし、技術基準の国際化の中でヨーロッパ型の基準と日本の基準との間では、どうしても考え方の違いがあります。ですから、ヨーロッパ型の基準が国際基準の中に反映されると日本がいままで蓄積してきた技術基準が使えなくなる問題があります。
 特に、日本が圧倒的に強い地震・耐震設計基準は、日本の研究者や技術者が、国際会議の場で委員長を務めるような立場でやっていかないといけない。(財)沿岸開発技術研究センターでも国際化の技術基準の委員会をつくって研究していますが、やはり海外から入る情報を翻訳して反論するには、そのプロセスに大変な時間がかかり苦労している状態です。また、どうしても国際会議の場は人数からいえば欧米の人が中心になる。ですから、いつも少数派の中でがんばらないといけない。今後、技術基準の国際化は相当進展します。日本が技術立国でいく以上は日本の持っている技術レベルや、本来世界にも通用するはずの規定や基準が世界的な基準化の中にうまく当てはまるような努力をしていきたいと思っています。

森谷 日本はいままでこんなに良いものがこんなに安くできるのだと技術に物を言わせてきたと思います。しかし、これからは国際会議などの場で物を言う日本人がどうしても必要です。

井上 やはりそういう人材を育てて、そういう場で発言できるような力をつけておかないといけないんでしょうね。

目次 前ページ 次ページ
CDITとは 最新号 バックナンバー

Copyright(c)2001 Coastal Development Institute of Technology. All right Reserved.